2007年5月8日火曜日

イーストエンド (武部六蔵日記)


武部六蔵日記の中にイーストエンドの描写があります。

1928年8月19日日曜日
人々は日曜の快晴を利用して郊外にdriveしたり、Riverに乗りだしたりして、一日の行楽を恣(ほしい)まゝにして居る。僕はEast End[イーストエンド:ロンドン東部の下層貧民地区、工場地帯]にそんな楽[し]みを知らない人々が如何なる生活をして居るかを見る爲めに出かけて見た。
中略
 White Chapel Streetの起点が有るCommercial Streetを曲ると、一丁にして右側に有名なToynbee Hallがある。前から見た処はうつかりすると見逃す程のものだ。Arnold Toynbee[トインビー:歴史家]の建てたHallだ。その歴史は何れ研究する事にしよう。今はWorkmen Education Association[労働者教育協会]がやつて居るらしい。CambridgeとOxfordの卒業生が多数労働者と生活を共にしているらしい。此の意味ではUnversity Extension Lectures[大学校外講座]の一である。Visitorに内部を見せるのだそうだ。案内を乞ふたが、日曜日とて断られた。明日の十時なら良いとの話しである。

 White Chapelの通りは商店街だ。Jews[ユダヤ人]が多いのである。何々ウイチだとか何々イスキーだとか云ふロシヤ名前とかたくるしい独乙名前が多い。今朝Tielge君からJewsの鼻について話を聞いたが、成程人種が違ふらしい。其の鼻は鷲鼻だ。こんな形が多い。髪は概して黒い。直ぐに分る。彼等は蒜(にら)(garlic, Knopplanch)を好むそうだ。此の点は支那人、ロシヤ人と似て居る。通りがかりの人々にも多いが、それらしい店に居る人々は大体Jewと見て間違ひない顔をして居る。
 


リバプールストリートの駅を出て、北東へ進むとミドルセックスという通りがあります。
この通りは元々ペチコートレーンと呼ばれていましたが、「下着の名前を通りにつけるのは品が良くない」と考えられたヴィクトリア時代に名前が変わりました。
日曜日にはアメ横の様な露天が立ち並びますが、安物ばかりです。
途中でウェントワース通りに左折するといわゆる「バッタ物」も多くなります。
私はここでルイヴィトンとグッチの靴を見つけましたが勿論買いませんでした。
露天の脇にはシャッターの下りた店舗が並びますが、外国語が目立ちます。
この辺りを歩くときは足元に注意してください。
時折かわいいイラストの入った敷石がしかれています。
この辺りは数百年の昔から外国人の多い地域です。
ロンドンに住むことを許されなかった人たちが集まってきました。
例えばプロテスタントの人たち。
カソリックの国、フランスから迫害されてユグノーの人たちがやって来ました。
この人たちは機織やレース作りの技術をこの国にもたらしましたが、教区が政治と深いかかわりのあった時代には、場末に住まなければいけなかったわけです。
今でもイーストエンドにはフランス語の通りの名前がたくさん残っています。
ペチコートも元はフランス語です。
彼ら以外にも、同じように迫害されたユダヤ人、飢饉が続いたために流れてきたアイルランド人、移民とのかかわりが深いのがこのイーストエンドです。
現在ではバングラディッシュのビジネスが目立ちますが、アフリカからの移民も増えています。

この通りがコマーシャル通りと交差するところにトインビーホールは建っています。
外観はモダンな赤レンガの建物ですが、入り口を抜けると中庭があっていきなりヴィクトリア時代の家が視界に入ります。
ドアの横にはイチジクの木が何本かありました。
大きな実がなっているのが見えますか?
トインビーホールは1884年に英国国教会の副司祭であったベネット夫妻によって始まりました。
トインビーというのは、この夫婦の協力者で、同じように貧しい人たちのために一生をささげた人です。
彼は30歳という若さでホールのオープンする前年になくなりましたから、記念に彼の名前がつけられたわけです。オクスフォードで政治経済を学び、産業革命や経済史のレクチャーを行いました。
カールマルクスの協力者であったエンゲルスと同じように社会に影響を与えた人です。
日記に出てくる歴史学者のトインビーというのは彼の甥で、ホールとは残念ながら関わりがありません。
実際生まれたのも1889年です。
トインビーホールは「将来のエリートに恵まれない地域を体験させる」という前衛的なアイディアを取り入れました。
社会に影響を与えられる人たちが、この地域を理解することで社会を改革していこうとしたわけです。
ここに住んだエリートは、後に首相にもなったクレメントアタリーが有名です。
国民健康保険の制度を作った人です。
日記のお問い合わせはrctakebe@blue.ocn.ne.jpまでどうぞ。

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