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2026年6月8日月曜日

レディングに行ってきた!


どこそれ?
ですよね(笑)

レディングは最新の地下鉄路線、エリザベス線の終着駅のひとつ。
ロンドンを西に出たところにあります。

それ以外にもグレートウエスタン鉄道とサウスウエスタン鉄道の駅がある。

私が住んでいるリッチモンドからは直通の列車があるので、ロンドン・パディントン駅に行くかわりにグレートウエスタンの路線への乗換駅として使うこともあります。


レディングには昔修道院があって、現在は遺跡のみですが、昔は重要な街だったところ。
駅に着いたときにはきれいに晴れていたのに、ここまで歩いてくると雲が広がってきました。

遺跡にはお陽さまよりも今にも降りそうなお天気の方が似合いますよね?

ここまで駅からは10分程度の距離です。
実はこのそばに公園があって、いったん入ってみたのですが、遺跡へのゲートは閉まっていました。
公式サイト(リンクします)によれば朝から夕方暗くまで開いているということでしたが、このゲートも含め、数か所ある他のゲートもすべて鍵がかかっていて入れませんでした。

教会のように見える場所の脇に幼稚園があって、さらにその脇のゲートがわかりやすいかも。
公園はちょうどバラがきれい。
一旦公園を離れてぐるっと大きく回り込むと柵で囲まれてはいますが、遺跡のそばまで行くことができます。
ということで、ここに紹介している写真は遺跡のゲートの外から撮ったものばかりです。
閉まっていてもこれくらいなら観られるという参考になれば。

歩いてみると修道院の規模がかなりのものだったと実感できます。

この修道院はヘンリー1世という王様が12世紀初頭に建てたもので、彼が眠っている場所でもあります(現在の埋葬場所は不明のまま)
リチャード3世のように近くの駐車場から発見される日も近いかも(笑)

ここもイギリスにあるたくさんの修道院と同じように、16世紀ヘンリー8世の時代に取り壊されてしまって、その後刑務所として使われていた箇所もあります。
この左部分が遺跡のまま残った部分で、右手のレンガの建物は刑務所になった部分。

オスカーワイルドが収監されていた場所として有名。
遺跡のアーチの中にあるレンガの刑務所とのコントラストが面白いでしょう?
そばにはテムズ川の支流であるケネット川が流れています。
このエリアは波止場のように使われていた場所。
このすぐ脇にも遺跡へのゲートがあります。

川に面して左の方に進んでいくと大通りに出ます。
そこから左にレンガの壁に沿って歩いていくと、数年前、バンクシーが監獄の壁に「脱獄するワイルド」を描き込んだ場所。


バンクシーがこの作品を描いたときの動画があるので紹介しておきますね!

他にもレディングには見どころがいっぱい。

少し長くなったので、また機会を改めていろいろ紹介したいと思います。


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2026年2月10日火曜日

網で焼かれて死んでしまった聖ローレンス


こちら、ロンドン旧市街地のギルドホール前にある教会、セント・ローレンスです。



ロンドンにはたくさんの教会があるので、当然、私が見たことも聞いたこともない教会がいくつもあります。
「え、ロンドンの観光ガイドなのにそんなこと言っていいの?」
「もちろんです」←きっぱり!
経験を積んだガイドは自分が知らないことがどんなに多いかを知っています。
経験が浅いほど、知らないことは悪だと思い込んでいる(笑)

当然、ある場所をガイドするとわかっているのなら、前もってちゃんと下見はしますが、実際のお仕事でたまにあるのが全く違うお仕事で、そこへ行く予定がなかったのに時間をつぶさないといけないとかで「入ってみましょうか?」という場合。
そんな時はどうするかといえば正直に「初めて入ります」って言います。
で、落ち着いて入り口を見るとちゃんと教会の名前がどこかに書いてあるはず。
例えばここなら「St Lawrence Jewry」とある。
それがわかれば自分が知っている範囲でその聖人のことや周りに所縁のあることを絡めて話を組み立てる。
余裕があれば起承転結と笑いのポイントを入れるとなお良しってカンジです。

でも普段から気になったら入ってみる、そしておうちに帰って調べてみるという地道な努力も役に立ちます。

聖ローレンスというのはスペイン生まれの聖人で3世紀ごろの人。
のちにローマ法王になったシクストス2世と一緒に旅をして、貧しい人たちを助けたとされています。
キリスト教が異端だった時代なので捕らわれて火あぶりにされました。
普通火あぶりだと立ったまま下から焼くイメージだと思うのですが、聖ローレンスは鉄の格子の上で焼かれました。
それがまるでお料理の網焼きみたい、ということで、料理人・シェフ・お菓子職人の守護聖人(驚)
他にも 教会の財産・記録を管理していたために図書館員・司書・記録官・本屋・書店員の守護聖人でもあります。
他にも焼くためには火が必要ということで、消防士・火を扱うガラス職人、ステンドグラス職人の聖人。

そして焼かれている途中で「こっち側はもう焼けたからひっくり返して裏も頼むよ」みたいなことを言ったというのでコメディアンの守護聖人。
ここまでくるとなんだか冗談みたいです。

ローレンスをイタリア風に読むとロレンツォなので、私のイメージでは料理人が一番ぴったりくる(笑)イタリアンレストランのシェフにいそうな名前。

ところで聖ローレンスの教会は他にもあるので、区別するために St Lawrence Jewry(ユダヤ地区の聖ローレンス)というのがこの教会の名前です。
12世紀にこの教会が建てられた時、このエリアにユダヤ人が多く住んでいたことに由来しています。
が、その後エドワード1世の時代にユダヤ人たちはロンドン市から追い出されています。

残念なことに、1666年のロンドン大火災で12世紀の建物は残っていません。
現在のものはセントポール大聖堂と同じくクリストファー・レンによる建築、しかも部分的に1940年の空襲の被害に遭ったのでその後修復されたもの。
スタイルはレンの時代でバロック、上が丸くなった大き目の窓が特徴です。
用事まで15分くらいあったのでちょっと中に入って写真を撮ってきました。←ブロガーの鏡(笑)

彼が聖ローレンス。
右手に持っているのは鉄製の焼き網!!
こういった、それで誰なのかわかる持ち物のことをアトリビュートといいます。
左手には財産と記録の管理をしていたということでお金の袋と大きなノートを持っている。


ローレンスのお隣は大天使のひとり聖マイケル。
ドラゴンを倒しているのでセントジョージと間違えやすいですが、マイケルには翼があって人間ではなく天使だとわかります。
ジョージは人間なので翼は無し、馬に乗っていたりいなかったり、そして普段は鎧を身につけています。
こちらはその聖ジョージ。

ちょっと珍しいのはトマス・モアが出てくるところ。
トマス・モアは英国国教会を設立したヘンリー8世の時代に大法官の位につきました。
この教会のすぐそば、牛乳通りで生まれてこの教会にも所縁があるので窓に記念されています。

これらのステンドグラスは第2次世界大戦の時の爆撃の被害の後に作り直されたものです。
色付きガラスが少なめなので陽がたっぷり入って教会の中は明るいです。

立派なパイプオルガンはステンドグラスよりももっと新しく2001年に設置されました。
ドイツのボンにあるヨハネスクライス社のものです。
たくさんの個人やギルド、ロンドンコーポレーションの寄付で備えることが可能になりました。
外から見てもセントローレンスのアトリビュートがあります。
普通の風見鶏っぽく見えるけれど、焼き網です。
こういった小さな事って知っているとお散歩が楽しくなります。
ギルドホールの近くを通ったら、ぜひ探してみてください。
そしてドアが開いていればちょっと入ってみるのもいいと思います。








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2025年11月10日月曜日

最後の晩餐をコッツウォルズで見てきたよ!


先日紹介した南コッツウォルズ Nailsworth の地区教会セントジョージ(リンクします)

この教会の祭壇には最後の晩餐が飾られています。
もちろんダヴィンチの描いたものじゃない。
でもパッと見ただけで「最後の晩餐」だとわかる構図です。

こちら。
実際に教会の中で私が撮った写真なので少し歪んでいます。
なので見やすい画像をオフィシャルサイトから紹介しておきます。
作者はローナ・メイ・ワズワース。



教会の中にローナ自身が書いたこの絵の紹介が置いてありました。
登場人物がだれだかわかりますか?といった趣向。

彼女によると、完成した作品を見た人たちの中に、この赤い服の男性がキリストだと思ったという人が一定数いたそうです。
紹介文には「その原因は私の構成力不足なのか、それともイエスが黒人である可能性を人々が潜在意識的に疑っていた証拠なのか、私には分かりませんでした。」と書かれていました。
だとすればその人たちは一体青い布をまとった人物が誰だと思っているんでしょうね!

私にはイエスは彼以外には思い当たりませんし、赤い服の男性はイエスの愛した弟子ヨハネであることはそのポーズから明らかだろうと思うんですけどね。

さてこのふたりから左手に少しいくと人差し指を突き出して立ち上がっている男性がいます。
伝統的に使徒たちの中で人差し指が目立つのはトマスなんですが、彼女の作品ではこの人物はペトロだそうです。
この晩餐の後に起こる裏切りと悲劇をイエスから聞かされて「主よ、私は決してあなたを否定しません」と息巻いているのですが、ペテロはこの後 鶏が鳴く前に3度「私はその人を知りません」と言うことになるのです。

そしてそのペテロが身を乗り出している場所に冷静に座っているブロンドの男性。
この人物が裏切り者のユダ。
ローナによると人を裏切るのは往々にして一番それらしくない人物、ということで金髪の愛すべきハンサムな人物を描いたそうです。
イエスが差し出している手を拒んでいるのか引き合いながらも触れていない、もしくは触れないように少し引いた様子の手。
この部分を注視すると緊張感が伝わってきます。

ローナはこの4人(イエス、ヨハネ、ペテロ、そしてユダ)が彼女の最後の晩餐の中心人物なので「他の人物は想像にお任せ」でいいそうです。

実際に誰が誰なのか、いろんな解釈ができそうです。

ということで私もひとりだけこの4人以外を推理してみたいと思います。

推理するのはこの4人(というか、まとまった中には5人いますよね?)の真ん中にいる人!
皆さんは誰だと思いますか?

私はこの人は福音書記者のひとり、マタイだと思います。
彼の目線がヨハネ(彼も福音書記者)のイエスに対する視線と呼応しているし、何よりこの4人のドラマの真ん中にいることから、それを書き残すのにふさわしいのではないでしょうか?

そういえば以前ダヴィンチの最後の晩餐も紹介しましたよね。
ご参考までにそちらの記事も紹介しておきます。
この作品と比べると興味深い。
お時間のある時にどうぞ(リンクします)



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2025年11月8日土曜日

コッツウォルズのネイルズワース

ネイルズワース、コッツウォルズは知っていても、聞いたことないですよね。
観光でよく知られている町や村と違って、一般の観光ではまず行かない。

でもね、なかなかいいところ。
フォレストグリーン・ローバーズというフットボールチームの本拠地です。

え、サッカー好きだけど聞いたことがない?

当然です。
ナショナルリーグのチームですからね。

イギリスで一番有名なリーグはプレミアリーグ(20クラブ)、
その下がチャンピオンシップ(24クラブ)、
次がリーグ1(24クラブ)、
その次がリーグ2(24クラブ)、
そしてそのさらに下にプロフェッショナルチームとしては最も草野球的なナショナルリーグが存在します。
ナショナルリーグは全国規模で試合をする最下層のリーグです。
この下にもリーグはありますが、試合は全国規模ではなくなります。

このチームオーナーがグリーンを謳うデール・ヴィンス。
グリーンエナジーの会社なんかも立ち上げた人物で、持続性や環境問題を重視しています。
ということで、サッカーの業績よりもそういった持続性や環境系の賞をたくさん受けています。
地元に愛された小さなクラブです。

ボックスもそこから見えるグラウンドも素朴そのもの。
すぐお隣の練習場では子供たちがボールを蹴っていたりもします。

受付から入ったところに飾られている賞はエコ関係のものも多いです。

ネイルズワースの町の中心はここから1マイルちょっと。
町の人口は5‐6千人といったところ。
その割には立派な教会が建っていて、昔は羊毛で稼いだ町だったことが偲ばれます。

町の名前、Nailsworth というのは羊毛を計って売ったところという意味があります。

そんな街の地区教会がこちら。

中にはステンドグラスがいろいろあって、この真ん中がセントジョージ。

こちらがちょっと大きくしたところ。
この教会には彼の名前が付いています。

両脇の二人は実在した聖人で左手がチチェスターのセントリチャード、右手はトゥールのセントマーティンです。
このセントマーティンの足元に何か書いてあったので写真に撮ってきました。
この教区に住んで1920年に亡くなった弁護士アルフレッド・エドワード・スミスさんは40年教会の係員として働いていたそうで、その彼の記念に作られた1922年のステンドグラスですって。

中は比較的簡素だけど、余計にステンドグラスが目立ちますね。

訪れた教会のステンドグラス、小さな教会だとガイドブックも無かったりします。
そんな時、詳細を知りたいなと思ったら便利なウェブサイトがあります。
このサイトでどの教会かを選択するだけで記録を見ることができるのです。
気になる教会のステンドグラスがあれば調べてみてください。

さあそれではまっすぐに祭壇へと進んでみましょう。
祭壇にもこの教区に住んだアラン・ダンカンという人がお金を遺して作られた立派な祭壇画があるのです。

ちょっと長くなってきたので、祭壇画のおはなしはまたの機会に。






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2025年10月31日金曜日

チャプターハウス

ブリストルの大聖堂にあるチャプターハウスはイギリスで最も古いもののひとつです。

入り口のアーチが丸いのに気が付きますか?
赤く線を引きました。

これはノルマン様式といってゴシック様式のひとつ前のスタイルです。
大聖堂は長い年月をかけて建築された後も、改築や増築が行われることが普通。
だから、建物のどの部分かで作られた時期は様々です。

本堂の部分を新しいスタイルにしても、脇にある付属の部分には手を加えなかったり。
ブリストル大聖堂の場合は、現在の大聖堂の一番古い部分がこのチャプターハウスで、建築は1160年ごろだと言われています。
鎌倉時代よりも前!!

中はこんな感じ。
窓の上部が丸いことに注目してください。
チャプターハウスというのは教会の会議室。
マイクがなかった時代ですから建築を工夫して音響効果がすごくいい。
お部屋の端に座って普通の声でしゃべるのが反対側でしっかり聞き取れます。

ロンドンだとウエストミンスター寺院の中にもチャプターハウスがあります。

エドワード1世という王様が、そこでいろんな階層の人々から政治に関する意見を聞いたのがこの国の国会の始まり。

ダヴィンチコードの最後の方でクリプテックスを落とすシーンがある、あの場所です。

ただし、映画の中に出てきたのはウエストミンスター寺院という設定ですが、実際は撮影の許可が下りなかったのでリンカーン大聖堂のチャプターハウスが使われました。
後姿のトム・ハンクス。

ウエストミンスター寺院のチャプターハウス(リンクします)はもっと明るいし、窓の形も少し違います。

建築はともに13世紀、丸いノルマンではなく、とんがり窓のゴシック建築。
長い年月の中で何回も修復されて、第2次世界大戦の時にほとんどのステンドグラスは失われてしまいました。

教会を訪れる時には、ぜひ本堂以外のこういった付属建築の部分もご覧ください。



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2025年10月25日土曜日

大聖堂の中に太陽を見つけた!


大聖堂というのは英国国教会の地区教会をまとめている、いわば親みたいな存在です。
なので英語では Mother Church という言い方もします。

そしてそれらの大聖堂をまとめているのがカンタベリー大聖堂。
ということで教会を会社に例えると本社がカンタベリー。
そして各都道府県にある支店が各大聖堂、その下にある地区教会が地元の営業所ってカンジかなぁ。
あくまでも例えですけどね。

Mother Church には、他にも自分が洗礼式を受けた教会という意味があって、それらは普通は地元の地区教会です。
ですから文脈によってどちらを指すのかは違ってきます。


先日ブリストルでお仕事がありました。
せっかくなので久しぶりに大聖堂に寄ってみた。
右手の弓型の建物は市役所、左手のゴツゴツした建物がブリストル大聖堂です。

中に入るのは久しぶり。
びっくり、中に太陽が出ていました!
そうか~、ここに太陽があるから外は曇りなんですね(笑)
身廊を進んでいると途中で小さな青いボール。
もし、この太陽が本当のサイズだったら地球はこのボールくらいの大きさですって書いてありました。

このインスタレーションは今だけの展示だそう。
10月6日に始まって11月2日まで。

7メートルの直径の「太陽」は内側から照らされていて、近くで見ると中が動いているのがわかります。
近づくとすごい迫力!

黒点やフレアーの様子はたくさんの実際の写真から作られたそうです。
利用されたのは天体写真家スチュアート・グリーン博士が提供した太陽の写真40万枚(2018年5月から2024年6月の間に撮影)とNASAの太陽観測データ。
本物の太陽は肉眼で観察することはできないけれど、これなら安全に見ることができますね。

作者はルーク・ジェラムというアーティストでブリストル出身。
ブリストルといえばバンクシーが有名ですが、そういった興味深いアートが生まれやすい環境なのかな?
太陽が大聖堂の中にあるなんて、すごく意味が深い。
というのはキリストは明かりに例えられることが多いからです。

キリストが明かりを手にあなたのドアの前に立っていますがドアには取っ手がありません。
内側からしか開けることはできないのです。
これはラファエル前派のホルマンハント「世の光」という作品。


ギリシャ神話の太陽の神様である「ヘリオス」と名付けられたこのアート。
もうすぐ展示は終わってしまうので、今のうちにどうぞ。
ブリストル大聖堂での展示の後はどこかに常設してほしい作品です。






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2025年4月5日土曜日

ウエストミンスター寺院の見どころ 詩人のコーナー




前回の記事、ウエストミンスター寺院の見どころ(入場編)(リンクします)の中で紹介した、ダイアモンドジュビリー・ギャラリー。
そこへ行くには詩人のコーナーからアクセスします。


ウエストミンスター寺院の中には3000以上のお墓があると言われています。
どんな人が多く埋められていたり記念されているかで、そのエリアに名前がついていう場所があります。

そんなひとつが詩人のコーナー。
こちらはそのエリアにある壁。
圧巻でしょう?

詩人だけではなく、文学の世界で活躍した人たちがこのエリアに集中しています。
もちろん他の場所に埋められていないわけではありませんし、そういった業界に関係がない人もいないわけじゃない。

こんな風に集まった理由の一つといわれているのがこちらのお墓。
ジェフリー・チョーサーのお墓です。

チョーサーはカンタベリー物語の著者として有名です。
彼、晩年はウエストミンスター寺院のクロース(境内みたいな感じ)に住んでいた。
そんな所縁があって、ウエストミンスター寺院に埋葬されることになりました。
詩人、作家として知られてはいますが、エドワード3世やリチャード2世に仕えて外国へ密使として何回も旅行したり、百年戦争にも行ったし、波乱万丈な人生を送った人。
そして彼の功績の中でも最大のものは英語で詩や物語を書いたこと。

「え、イギリスなんだから、英語以外何を使うの?」
そう思いますよね。

実は彼が生きていた14世紀後半という時代は、読んだり書いたりできる身分の人たちが公用語と考えていたのはラテン語だったんです。

1066年のノルマンの征服以降、それまで領主だったアングロサクソン人に代わってノルマン(北フランス)人がイギリスを治めるようになって、当然言葉も彼らの話したラテン系の言葉に代わりました。

今でも英語では働く人たちとそれを享受する人たちの言葉が違う場合があります。
わかりやすい例を挙げれば、世話をする人たちにとって牛はOX(牡牛・古英語由来)か COW(雌牛・古英語由来)ですが、食べるだけの人たちにとっては牛はBEEF(ラテン語由来)なのです。

ということで、完全に庶民の言葉となった英語で物語や詩を書いた彼が「英文学(または英国詩)の父」とよばれるようになったわけ。

そんな彼のお墓の近くには、文学で有名な人たちが埋められていたり記念されていたりします。
ほら、チャールズ・ドジソンもここ!
え、誰?
チャールズ・ドジソン?
ペンネームでいうと知ってるはず。
不思議の国のアリスを書いたルイス・キャロルです。

彼はここには埋められずに、記念碑だけ。
彼が埋められているのは、晩年妹と住んでいたギルフォードにある墓地です。

他にも埋められていない有名人といえば、この人、シェイクスピアです。
写真の中、中央に位置する一番大きなモニュメントがそう。
彼も亡くなった場所である、故郷ストラットフォード・アポン・エイボンに埋められています。

亡くなった時には有名人だと自覚していた彼、故郷の小さな地区教会に埋めてくれと言ってはあるものの、埋め替えされることを懸念していました。

そこで、教会の墓石に「この石に触るものに呪いあれ」と刻ませています。


さて、ここでクイズです。
3000体以上埋められているとご案内したウエストミンスター寺院の中で、一番長生きした人は何歳だったでしょう?




正解はこの墓石に刻まれています。
真ん中の白くて細長いお墓。

「え、なんて書いてあるの?」
大きくしますね。
THO: PARR OF YE COUNTY OF SALLOPBORNE.
IN AD: 1483. HE LIVED IN YE REIGNES OF TEN
PRINCES VIZ: K.ED.4. K.ED.5. K.RICH.3.
K.HEN.7. K.HEN.8. K.EDW.6. Q.MA. Q.ELIZ.
K.JA. & K. CHARLES. AGED 152 YEARS.
& WAS BURYED HERE NOVEMB. 15. 1635.

サロップボーンのトマス・パー
1483年に生まれ、10人の王様の時代を生きた。
エドワード4世、エドワード5世、リチャード3世、ヘンリー7世、ヘンリー8世、エドワード6世、メアリ女王、エリザベス女王、ジェームス王、そしてチャールズ王。
152歳だった彼は1635年11月15日にここに埋葬された。

オールド・パーのニックネームで知られている彼、これが彼のお墓です。
これを見ると長生きのご利益があるかも!!



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