トマス・ヤングの名前を聞いたことはありますか?
彼のお墓はケント州にあるのですが、それとは別に記念碑がウエストミンスター寺院にあります。
ウエストミンスター寺院に観光で個人として入場すると、北側の入口(ガイドと一緒の時は別)から入場します。
記念碑は北入口の東側に位置する小さなセント・アンドリュー・チャペルにあるので、もし訪れる機会があれば見逃さないで。
赤い矢印が入り口で、その上の部分がセント・アンドリュー・チャペルです。「別に、行かないし~」という方のために写真を載せておきます(笑)
細かい字でいろいろ書かれていますね。
トマス・ヤング医学博士、王立協会フェロー兼外務担当書記、フランス国立学士院会員の追悼碑。あらゆる学問分野において卓越した人物。文学と科学の最も難解な研究においても同様に傑出した業績を残し、光の波動説を初めて確立し、エジプトの象形文字を長きにわたり覆い隠していた謎を初めて解き明かした。家庭的な美徳で友人たちに愛され、比類なき学識で世界に称賛された彼は、正義の復活を希望して亡くなった。1773年6月13日、サマセットシャー州ミルバートン生まれ、1829年5月10日、ロンドンのパークスクエアにて56歳で死去。
一般にはトマス・ヤングは物理学者として広く知られています。
アルバート・アインシュタインは彼をアイザック・ニュートンになぞらえました。
彼が一番よく知られるのは、光の波動性を初めて確立した人物として。
でもそれ以外にも若い頃にお医者さんの資格も取っています。
自分の眼を研究して、1801年の王立協会の講演で、初めて「乱視」の症状を科学的に記述・報告したことでも知られています。。
他にも言語学者としても有名で、印欧語族という言葉は彼が作りました。
光や視覚の研究から三色説「ヤング=ヘルムホルツ理論」が知られるようになったり、本当に幅広く活躍した人。
ロンドンで住んでいたおうちであるウェルベック通り48番地には当然ブループラークがかけられています。
彼の肩書を全部書いたら文字数オーバーですからね(笑)シャーロック・ホームズの作者であるコナン・ドイルも眼医者さんでしたが、このおうちから2分もかからないところに住んでいました。(時代はちょっと違います)
ロンドンにはトマス・ヤング・センター(リンクします)という学際的な研究ネットワークがあります。
インペリアル・カレッジ、キングス・カレッジ、クイーン・メアリー大学ロンドン校、ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン(UCL)、ブルネル大学ロンドン校、ロンドン・サウスバンク大学など約100の研究グループが提携して科学、産業、社会における課題に取り組んでいます。
各分野にわたって研究をつなげる役目みたいな感じで、それをひとりで行ったトマス・ヤングそのものですね。
トマス・ヤングは自伝の中で、「一部の研究者の研究は狭い範囲に限定される一方、他の研究者はより広範な研究領域を迅速に探求する。後者が人類にとっておそらく最善だろう」と残しています。
ところで私は大英博物館に行くと、必ずトマス・ヤングの名前をご案内します。
なぜかって?
それは、彼が象形文字の解読の第一歩を進めた人物だからです。
ロゼッタストーンの解読には、フランス人のジョアン・シャンポリオンの名前が出されることがほとんどです。
でも実際にはトマス・ヤングがいなければ、彼の功績はもっと遅れることになっただろうと言われています。
ということで、ロゼッタストーンのおはなしはまた今度。
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