2026年10月5日月曜日

鴨を焼いて中華の夕べ

​
多分、日本の家庭料理で鴨を丸ごと焼く機会はそう多くないんじゃないかと思います。

イギリスではチキン、鴨、ホロホロ鳥、ひな鳥、他にもこの季節には雉やヤマウズラといった野鳥などもスーパーマーケットやお肉屋さんで買うことができます。
チキンや鴨の場合は切り身もありますが、その他はほぼ丸ごと買う選択のみ。


我が家で鴨を丸ごと焼くのは数か月に一度かな?
お肉を食べるのも楽しみですが、鴨からはとても良質な脂が採れるので、それも目的のひとつ。

今回焼いたのはこちら。
約2.5㎏。

丁寧に飼育している鴨農家から直接送ってもらったもの。

イギリスでは一般のスーパーマーケットでも丸ごとの鴨を買うことはできますが、やっぱり小さな農家でちゃんと育てられた鴨がいいとティムちゃんが選びました。

食べる前の日にローストラックに乗せて冷蔵庫に入れておきます。
そうすると少し乾燥する。
お腹の中には小さめのオレンジを入れておく(丸ごとじゃなくて半分に切って)
そして焼く前に皮の部分に浅い切込みを1.5㎝間隔ぐらいで入れてから塩コショウする。
むね肉共元の間は脂肪が厚い部分なので、その辺りは特に切込みは深めに。
そして200度(ファン)のオーブンで20分、その後オーブンの温度を170度(ファン)まで下げて1.5時間。
これはオーブンに入れてすぐ。
この焼いている間に油がどんどん落ちるんです。
もっと温度を低くして4時間くらい焼くレシピも試したことはありますが、私たちは2時間以内に仕上げる方が好みの焼き具合です。
各家庭のオーブンによっても、好みの仕上げにかかる時間や温度は違うんじゃないかと思います。
時間が来たらオーブンの温度を200度(ファン)に戻して、いったんローストパンを取り出します。
そして、フォイルを敷いた別のローストパンに網ごと鴨を移します。

フォイルは2番目のローストパンを汚さないためなので、洗うのが嫌じゃなければ別に要りません(笑)
そして鴨をオーブンに戻して15分。

オリジナルのローストパンには鴨の油がたっぷりなので熱いうちに瓶詰にします。
個体によって違うけれどいつも2瓶位になります。
これは冷蔵庫に入れておけば数か月は大丈夫。
ローストポテトやヨークシャープディング、炒め物やチャーハンにどうぞ。

時間が来たらオーブンから鴨を取り出して食卓へ。
特に寝かせる時間は要りませんが、冷める前にどうぞって感覚です。

温度を上げたオーブンに入れている間にさっと炒めたチャーハン。
材料を準備しておけば炒め合わせるだけなので5分ちょっと?
下準備はスナップエンドウを茹でて切っておく、玉ねぎと人参を微塵に切っておく、卵を炒り卵にしておく、お米を炊いておくって感じです。
ま、中身はお好みで。

他にもキュウリとおネギを切っておいて春餅を蒸しておく。

鴨は食卓で切り分けます。
皮がカリカリサクサクで身はジューシー。
春餅にキュウリとおネギと一緒に巻いて食べてもおいしいし、好きなソースを用意してチャーハンと食べてもおいしいです。
スープ(具なし)もあるといいと思います。



イギリスの観光ガイドはライセンス制です。ご予約の際は英国政府公認ブルーバッジガイドを雇用しましょう。(リンクします)





  ブログのランキングに登録しています。 よかったらクリックして応援してください。
イギリスランキング コメントは承認制なので反映に時間がかかります。

2026年10月3日土曜日

オイスターカードの返金が大変だった!

​このあいだ、所用でノービトンという町に出かけました。
ここはリッチモンドからサウスウエスタン鉄道で20分くらい。
地下鉄ではなく鉄道ですが、オイスターカードが自動ゲートで使えます。

オイスターカードというのはロンドン交通局の交通系カードでプリペイドで引き落としていく方法や購入した定期券をカードに入れて使うことができます。
オイスターカード以外にも携帯やクレジットカードなどいろんな支払い方ができるロンドンの交通機関ですが、安全を考えるとやっぱりオイスターカードだと思います。
万が一の時にも、すでにカード内に入っているお金の分しか被害に遭わないというのは大きい。

さて、用も済んでの帰り道、お昼くらいだったかな。
行きに利用したオイスターカードをタッチしても自動ゲートが開きません。
接触が悪かったのかと思って、もう一度タッチしても開かない。
何回やっても開かないので、あきらめてクレジットカードをタッチして駅に入りました。
リッチモンドで降りる時にも同じクレジットカードで改札を抜けました。


嫌な予感はしていたので翌日オイスターカードの履歴を見るとリッチモンドからノービトンのチャージが4ポンド、そして次の乗車はノービトンの駅から入って出た駅が未明ということになっていました。
そしてそのチャージが 7ポンド(約1500円)
帰りに利用したクレジットカードの方には 3.20ポンドのチャージ。
ロンドンの地下鉄や鉄道を利用するときには 出発と到着の両方でカードをタッチする必要があります。
どちらかのタッチがないと「終了していない乗車」という括りになって最大のチャージになります。
普通はタッチし忘れが最も多い原因で、私も経験があります。
幅の広いタイプの自動改札は荷物が多かったり子供連れだったり身体に不自由な人でも大丈夫なように改札口が長く開くようになっています。
そこを通る時はタッチしても読み取られないことが多く、しかも改札口は開いているので気がつかないわけです。
でも終了していない乗車の罰金が付いたら、携帯のアプリにタッチし忘れた駅の名前をインプットすれば簡単に返金してくれます。
今回もアプリで返金の手続きをしようとしたら、返金の理由を選ぶ段階で「改札でゲートが開かなかったから、別のカードを使ったのにチャージだけされている」という選択がなくて、カスタマーサービスに電話をすることになってしまいました。

ロンドン交通局は以前ハッキングの被害に遭ったことがあります。
そのためなのか、久しぶりにログインしたらセキュリティーがひどく複雑になっていました。
本人確認のための証明が別アプリからのコード入力とか、本当に徹底していました。
そして、カスタマーサービスの電話にしても、本人確認の質問が以前は住所の郵便番号くらいだったのに、今回は 3つくらいありました。
その上、オイスターカードの問題とそれ以外の銀行系カードの場合は部署が違うそう。
なので、はじめにオイスターカードの返金セクションを選んで待ちます。
2分くらいで係が出たので事情を話したら「同時間にクレジットカードで支払ったことが確認できたら返金するので、銀行系カードの人と話してください」とそのまま別セクションに回されました。
そこからが長かった。
25分後くらいにやっと係が出て、事情を話してオイスター係の人からもらったリファレンス番号を渡して、同時間に別カードで支払いがあったことを確認してもらって、オイスターカードの返金手続きをしてもらって・・・。
このひとつひとつの手続きの度に電話口で数分待たされるわけです。

結局、電話から解放されたのはかけた時から40分近く経っていました。
ま、待ち時間はハンズフリーだから何かしようと思えばできるけれど、集中できないので手持無沙汰。

今回の教訓。
もしオイスターカードに不備があったら係員を読んで開けてもらう。←今回はいなかった。
お財布に予備のオイスターカードを入れておく。←オイスター同士だったら多分もっと早くことが済んだ。
利用履歴は確認しない方がいい。←知らなければ返金したいと思わないから。
7ポンドのために40分も使うなんて本当にばからしい時間の使い方だと思いました。

ただ、気をつけないといけないのは「終了していない乗車」の最大のチャージは駅や路線によって違って、ゾーン6までなら9.60ポンド、それ以外なら30.40ポンドにまでなり得ます。
今回は駅がノービトンだったから7ポンドで済んだけれど、これがヒースローとかピカデリーサーカスとかなら9.60だったってこと。
もしくは鉄道の始発駅だったら30ポンドになっていたかもしれない。
やっぱりチェックはした方が良さそう(笑)

他にも、時間はかかってもいいからこういった時に返金とかちゃんとしたいと思うなら、ロンドン交通局で使うカード類は交通局に登録しておく方がいいです。
でないと返金の手続きはできなかったと思います。
他にも履歴が確認できる期間が登録していないと短いので気を付けて。
あと、返金の請求期間は8週間以内です。

記事を書いた後に変更もあり得るので、詳しくはロンドン交通局の公式サイト(リンクします)で調べてください。


イギリスの観光ガイドはライセンス制です。ご予約の際は英国政府公認ブルーバッジガイドを雇用しましょう。(リンクします)





  ブログのランキングに登録しています。 よかったらクリックして応援してください。
イギリスランキング コメントは承認制なので反映に時間がかかります。

2026年10月1日木曜日

ロゼッタストーンはどうして大英博物館にあるの?

​​
パリの観光をすると、ガイドから「これはナポレオンが~」みたいな話をたくさん聞きます。
ナポレオンはフランスの英雄のひとりですが、イギリスではあまり英雄としての扱いは聞きません。
イギリスの敵だっただけではなく、ヨーロッパとその周辺を戦禍に巻き込んだ人物ですからね。
それだけでなく、世界一の美術館をパリに作るという目的のため、ありとあらゆる征服先の施設から美術品を略奪しています。
例を挙げると、
ヴァチカンを含むイタリアから;
  • 60点以上の彫刻(ヴァチカン、カピトリーノ美術館等) 
  • 西暦900年以前のすべての写本(ヴァチカン図書館) 
  • サン・マルコ寺院のブロンズの馬4頭と翼のあるライオン像 
  • モデナ公国・パルマ公国から絵画各20点ずつ 
  • ヴェネチアからはヴェロネーゼの描いたカナの婚礼
ベルギーやオランダからもたくさんの絵画が略奪されました。
  • 約200点の絵画(うち30点のみパリ、残り170点は地方へ分散) 
  • アントワープからルーベンスの名作3点(『十字架降架』等) 
  • ルーヴェン大学から書籍約5,000冊
ドイツ・プロイセン地方;
  • カッセル・ギャラリーから絵画299点(最初の徴収で48点、のちマルメゾンへ) 
  • シュヴェリーンから絵画209点 
  • ブラウンシュヴァイク公から絵画約78点(ラファエロ、ティツィアーノ等) 
  • ベルリン&ポツダムから絵画60点、50万マルク相当のメダリオン、76点の彫刻宝石 
  • ブランデンブルク門のクアドリガ 
  • アーヘン大聖堂から大理石の柱10〜12本、プロセルピナの石棺
オーストリアからは;
  • ベルヴェデーレ宮殿だけで絵画250点 
  • ザルツブルクなどからも物品が撤去

(略奪品目やその数は資料によって違います。私が参考にしたのは The Art Confiscations of the Napoleonic Wars という文献で1945年の Dorothy Mackay Quynn さんのもの)

それらが集められたのは現在のルーブル美術館。
(もちろんナポレオンの掠奪に関係のない所蔵品も多くあります)

こんなことを書くとじゃあ大英博物館はどうなのって思いますよね。
正直なところ、ガイドをしていて返すことを考えたほうがいいんじゃないのって思うものはいくつかあります。

でも返さなくてもいいかなって思うものもあります。←誰も私には聞いてくれないけど😁

そんなひとつがロゼッタストーン。
人けが無い時にさっと撮った写真でちょっとボケてます(笑)
それ自体が貴重な遺跡であることを否定はしません。
でも同じ碑石は5つ以上エジプトで見つかっていて、エジプトカイロ博物館にロゼッタストーンよりも完全な形の同じ碑石もあります。
そして、石そのものの価値よりも、発見後のこの石の研究とその成果に意味があると思うので、価値はあと付けだといえるのが、別にエジプトに返す意味があるのかと考える理由のひとつ(これも私の個人的な意見なので反対する人もいると思います)

さて「ロゼッタストーンがなぜ大英博物館にあるのか? 」というのが今日のおはなし。

はじめにナポレオンの話を持ってきたのは理由があります。
1799年、ロゼッタストーンが見つかった時、エジプトはオスマントルコ帝国の一部でナポレオンの遠征先でした。
正式にはナポレオンが将軍という立場で引き連れていたフランス政府軍です。
まだ彼が皇帝を名乗る前ですからね。
このエジプト遠征はイタリア遠征が大成功だった彼の人気を恐れて、フランス政府がナポレオンを遠くへ追いやったという説もあります。
その信ぴょう性はともかく、フランスがエジプト遠征をおこなった最も大きな目的のひとつは、エジプトを完全に支配下に置くことでイギリスの船が紅海へ入れないようにするため。
するとイギリスがインドを含むアジア各地に行けなくなるので経済的なダメージを与えることができて、その後にイギリスを征服する、みたいな予定だったそうです。

そんなわけでロゼッタストーン発見の前年 1798年、地中海を渡ってアレキサンドリアに上陸したナポレオン軍は、南下してカイロを占拠、カイロの宮殿を総司令部兼住居にしました。

イタリア遠征で数々の美術品をフランスに持ち帰ったことに味を占めていたたナポレオンですが、エジプトではヨーロッパにはまだ未知のエジプト考古学や民族学の分野を開拓しようとしていたようです。
というのもイタリアには美術品の鑑定のためにわずかな美術専門家を連れて行っただけなのに、エジプト遠征には160人という巨大な「エジプト科学芸術委員会」を引き連れていったから。
そしてその委員会の本部もカイロの別の宮殿に設置されました。

皮肉なことに、ロゼッタストーンはこのエジプト科学芸術委員会の発見ではなく、砦の修復工事現場から一般の兵士が見つけました。
場所はカイロから200㎞以上離れたロゼッタという町。←なのでロゼッタストーン。
この修復工事の指揮にあたっていた軍人の名前はピエール・フランソワ・ブシャード。
彼は陸軍の工学エンジニアとしてロゼッタにいたわけですが、エジプト科学芸術委員会とかかわりもありましたから、碑石の発見が報告されたあと、すぐにカイロに連絡を取ることができました。
彼がいなければただの石材として砦の基礎部分に消えてしまったかもしれません。

ロゼッタストーンは艶のある表面に3種類の文字が彫られています。
そして完全な形ではなく上部がかなり欠けています。
古い砦の材料としてリサイクルされていた、ただの石だったのをヨーロッパの研究者たちが価値を見出したものなのです。

さて、フランスで政権が揺らいでいるとのうわさを聞き付けたナポレオンは 1799年10月に軍を離れてクーデターのために帰国します。
残された軍隊はナポレオンがいないまま、彼からあとを任された別の指揮官の元、戦いを続けます。
しばらくしてその指揮官は殺されてしまい、無能のメヌー将軍が次の指揮官になりましたが、1801年にイギリス・オスマントルコ軍に敗れてしまいます。
その戦後協定がアレキサンドリア条約で、その16条に「フランス共和国のために収集されたアラビア語の写本、彫像、その他の収集品は、公共の財産とみなされ、連合軍の将軍たちの処分に委ねられるものとする」とあります。
メヌー将軍はロゼッタストーンを自分の私物として隠してフランスに帰国しようとしましたが、すぐにバレてしまいました。

この戦後協定に対するフランス側のエジプト科学芸術委員会の抵抗は激しいもので、彼らとの協議の結果、学者たちが自ら採集した「生物の標本(昆虫や動物)」や、自ら執筆した「研究ノート、スケッチ、図面」などは、最終的に個人の財産として認められ、フランスへの持ち帰りが許されました。
そしてロゼッタ・ストーンを含む「古代の彫像、碑文、考古学的遺物」や「アラビア語の古文書(写本)」は、弁明の余地なく「公共の戦利品」として完全に没収されました。

この協定でロゼッタストーンは正式にイギリスの戦勝品となって、現在は大英博物館に置かれているわけです。

そしてフランス軍が持ち帰った研究資料は1830年に「エジプト誌」として全23巻(テキスト9巻、巨大な図版11巻、地図などを含む)の壮大な出版物になり、ヨーロッパ中にエジプトブームが起こりました。

それではロゼッタストーンを読み解くのはまた次の機会に。




イギリスの観光ガイドはライセンス制です。ご予約の際は英国政府公認ブルーバッジガイドを雇用しましょう。(リンクします)



  ブログのランキングに登録しています。 よかったらクリックして応援してください。
イギリスランキング コメントは承認制なので反映に時間がかかります。