弓形に湾曲した、ちょうど真ん中には無人の中洲があります。
写真の中央から左手はピータシャムという教会地区。
右手はトゥイッケナム地区で、ターナーはテムズ川から数分歩いたところに自分で設計した家を建てて住んでいました。
その彼のおうちの辺りから、逆にこのリッチモンドの丘を見上げたところには、王立芸術学院の初代院長ジョシュア・レイノルズが住んでいました。
この絵はレイノルズが描いた「The Thames from Richmond Hill」
テイト美術館の所蔵ですが、展示はされていません。
1788年の作だそうです。
この翌年にレイノルズは片目の視力を失って、画家を引退し、そして数年後に亡くなりました。
ということで、彼の最晩年の作がリッチモンドの風景というわけです。
レイノルズの時代はイギリスでの風景画の地位が低かったので、せめて年代物に見えるように(昔の巨匠の作に雰囲気が似ているとハクがつくので)絵の具に松脂を混ぜたり、キャンバスを黒く塗ってから絵の具をおいたりしました。
これはおそらくおうちから見えるままを描いたんじゃないかな?
上の写真を撮ったすぐ横が彼の住んでいたところなんです。
中州もちゃんと見えますよね?
それじゃあ今度はターナーの絵です。
「The Festival of the Opening of the Vintage, Macon 1803年」
たった15年の間に、イギリスの風景画はなんて変わったんでしょう!
ターナーお得意の、澄んだ空気が絵を見ている私たちにも伝わってくるようです。
マコンというフランスのワインの産地がタイトルになっていますが、風景がリッチモンドなのに気がつきますか?
この時期、ナポレオンと戦争中だったイギリスですから、フランスにスケッチ旅行というわけにはいかなかったのです。
では次の絵はターナーが描いた「England: Richmond Hill, on the Prince Regent's Birthday(イギリス・プリンスリージェントのお誕生日のリッチモンドヒル・1819年)」
この絵は普段テイト・ブリテンのクロアーギャラリーに展示されています。
とても大きな絵で、幅が3.5メートルほどもあります。
プリンス・リージェントというのは後のジョージ4世のことです。
彼の本当のお誕生日は8月ですが、この絵は4月23日を描いています。
彼の曾おじいちゃん、ジョージ2世の在位から王様は公式誕生日というもの持っていました。
そして、お父さんであるジョージ3世の時代から現在のエリザベス2世に至るまで、公式誕生日には軍旗を掲げる行進(トゥルーピング・ザ・カラー)でお祝いをしました。
ジョージ4世はまだ王様ではなかったけれど、お父さんのジョージ3世が病気で政務につけないために摂政の位について、それで公式誕生日も持っていました。
この絵が描かれた時代のリッチモンドは、王室のメンバーやフランス革命を逃れてきた大陸の貴族達でとても華やかな町でした。
ターナーはこんな風に王室のメンバーの名前をタイトルに入れたり、後にはビクトリア女王のだんな様、アルバート公が育った(誰も知らない)ドイツのお城を描いてみたり「テーマの選び方が、ホント商才に長けているなぁ」って感心します(笑)
このひとつ前の記事(リンクします)で少し書きましたが、ターナーのお誕生日も4月23日です。
プリンスリージェントとの共通点を見出して、満足そうにしている様子が目に浮かぶようです。
同じ角度から、写真を撮ってみました。
200年前と、大して変わっていないようです。
さて、次はフランスの巨匠クロードと比べてみます。
はじめがクロードの「ハガルと天使のいる風景 1646年」
左がターナーの「浅瀬を渡る 1815年」
両方の作品の雰囲気がとても似ているでしょう?
透明な空気、優しい木々、手前には人物、霞んだ背景・・・。
クロードは綺麗な風景画だけではなく、その中に聖書や神話からの題材を取り込むことによって「作品の格」をあげることに成功した風景画家なのです。
ヨーロッパの王族や貴族、僧侶たちはこぞってクロードの作品を求めました。
それが、さらに一段とクロード人気に拍車をかけて、イギリスのお坊ちゃま達がグランドツアーと称して、教養の仕上げを大陸でしていた時の格好の蒐集対象になったわけです。
そこで、イギリスの貴族のお屋敷には、たくさんのクロードが並んでいました。
ある時イギリスでクロードの「シバの女王の船出」に8000ポンドの値段がつけられた時に、ターナーは対になる作品「カルタゴ帝国の衰退 1817年」」を描いて発表しました。
それ以降、彼はクロードの描いたさまざまな作品をヒントに、彼の世界を作り上げてゆくのです。
2 件のコメント:
Mikiさん
勉強なる記事ありがとうございます。リッチモンドヒルからのテムズ川の眺めは僕も好きなのですが、絵の比較で見たことは無かったので、とても興味深く読ませていただきました。
かんとくさん、こんにちは。
かなりお返事が遅れました。
イギリスのいいところ(のひとつ)は景観が守られていることだと思います。
この丘からの景色は、国会で唯一保護されることが法律で決まっている景色なんですよ。
近くに住んでいて、とても幸せです。
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