2008年10月20日月曜日

聖エミディウスのいる受胎告知


この作品は「聖エミディウスのいる受胎告知」という名前で、カーロ・クリヴェッリ(Carlo CRIVELLI)というベネチアの画家が1486年に描きました。
イタリアのアスコリという町の、サンシルベストロ教会のための祭壇画です。
このリンクでナショナルギャラリーのこの絵画のズームを見ることができます。
この部屋には同じ画家による作品が幾つか並んでいて、どれも宗教がテーマですから、日本からの観光客はただ通り過ぎていく人が大部分です。
タマにこの絵のインフォメーションが載っている、小さなパネルに目を向ける人もいますが、タイトルと年代以上に深く読む人は殆どいません。

教会に絵を掛けたのは、飾るためではなくて文盲の人たちに福音書を理解させる手助けの為です。
教養とは無縁の人々に、キリスト教とは何か、なぜ教会が大切なのかを教えようとしました。
教会に入ってくる収入は、人々からの税金や寄付、諸手続きの費用、時代によっては免罪符の売り上げなど、全て信者から入ってきます。
つまり「宗教画は教会の広告みたいなもの」だと思って差し支えありません。
だから現在の私たちがテレビのコマーシャルや街中のポスター、ショーウインドウや新聞広告を見ることと基本は同じなのです。

もちろん私はキリスト教をバカにしているわけではありません。
宗教自身とと宗教画はまったく別のものです。
そして私が今ここで書いているのは、16世紀までの宗教画のことです。
それ以降は個人の収集や投資目的、個人的な礼拝のための宗教画も珍しくなくなりますが、16世紀までの宗教画は一部の例外を除いて、その殆どが教会や修道院のために描かれています。

どんな商品をどの客層にアピールするか、広告会社のクリエーターはマーケティングにも時間を掛けます。
宗教画も同じ。
タレントの人気度や地方限定版の商品など、考えなくてはいけないことは山のようにあります。
商品だけではなくて、会社の総合的なイメージも広告では大切。
最近はイメージ優先で、いったい何の商品を扱っているのかわからないといった広告もあります。
宗教画も同じ。
宗教画を描いた画家たちは、フリーランスの広告クリエーターたちです。
たまには会社経営の大きなところもあります。これは工房と呼ばれました。

クリヴェッリはフィレンツェで流行っていたような、やわらかいイメージではなくて、どちらかというと厳格さを前面に出しています。
隣の部屋がフィレンツェ絵画ですから比べてみると面白いと思います。
受胎告知というのは、新約聖書からの引用で、大天使ガブリエルが処女マリアに「あなたが神様の子供を身ごもりました」とお知らせする場面です。

キリスト教で大切な福音書のエピソードが幾つかあります。
その中でも特に大切なことは3つ。
1、マリアの懐妊が汚れのないものであるということ。
2、キリストが人々の罪をかぶるために処刑されたということ。
3、キリストが復活したこと。

「聖エミディウスのいる受胎告知」はそんなに大切なシーンなのに、かなり俗っぽいところが私は大好きです。
この作品は人物や町の様子、ディテールに凝っているので、宗教画だとは思わずに、風俗画として観るとたくさんの面白さが発見できます。
今回は説明は省きましたが、シンボルがたくさん出てくるので、そちらから楽しむのも手です
私はアスコリに行ったことはないのですが、町の様子はいまだにこの絵そのままなんですって。
グーグルで町の写真を見つけました。
ホントにそのまま雰囲気が残ってます。
アスコリは1482年にローマ法王シクストス4世から町の自治権を認められました。
その通知が3月25日、受胎告知のお祭りの日だったので、この日がアスコリにとって特別な日になったそうです。
イタリア人って面白い。
なんでも自分たちに都合のいいように変えちゃうのはお手の物。
マリア様はいつの間にかイスラエルからイタリアのアスコリという町にお引越しをしてきたみたいです。
彼女は婚約をしていて、花嫁道具になるいろいろな雑貨類が寝室に所狭しと並んでいます。
実家はどうやら随分と裕福なようで、寝台を見ても刺繍の入ったシーツやクッション、カーテンも豪華です。
天井のパネルの見事さ。
王侯貴族でも、これだけのものをこの時代に揃えるのは大変だったろうと思います。
全体に占める主要人物の割合だって、ガブリエルもマリア様もちょっと小さくないですか?
この絵では町の様子にクリヴェッリの情熱が奪われてしまっています。
大天使ガブリエルの隣には、この町の守護聖人「聖エミディウス」
彼が手にしているのはアスコリの町のモデルです。

この絵を見ていると、せりふが聞こえてきます。

ガブリエル「マリアよ、そなたの・・・」
聖エミディウス「すいません、ちょっといいですか?」
ガブリエル「・・・忙しいんで、あとに・・・」
聖エミディウス「イヤ、そんなに時間はかからないんで」
ガブリエル「いい加減にしてください、この方に神の・・・」
聖エミディウス「ローマ法王様からのお使いなんですよ」
ガブリエル「こっちは神様からのお使いなんです」
聖エミディウス「この町にとってはこっちの方が大事なんですから」
ガブリエル「・・・」
マリア「この姿勢って、結構疲れるんですけど・・・」

町の人たちが見ているのは聖エミディウスなのか、ガブリエルなのか、疑問に思えてきたでしょう?
神様の聖なる光は聖エミディウスを無視してマリアに注がれています。
でもアーチの上では、しつこく自治に関するローマ法王からのお知らせを読んでいる人が登場します。
伝書鳩(檻に入れられている)が見えるでしょう?
こんな俗っぽいところでちゃんと受胎できたか、心配になってしまいます。

この絵は「無原罪の御宿り」同じ画家です。
マリア様は罪なくしてキリストを受胎しただけではなく、そのうちお母さんのアンさんもヴァージンでマリア様を身ごもった、という考えが始まります。
全ての宗派が賛同した考えではなかったので、これは広告の必要がありました。
ナショナルギャラリーにある、有名なダヴィンチの岩窟の聖母はその宗派の教会のために作られました。
「やったこと、あったこと」を描くのはそれほど難しいことではありませんが、「やらなかったこと、なかったこと」を描くのは至難の業です。
無原罪の御宿りは、無垢を表すユリとマリアを表すバラが描き込まれていて、大概それとわかります。
因みにダヴィンチの絵は未完成のまま祭壇に掛けられました。

6 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

みきさん、こんばんは!

宗教の事はホント無知な私なので、こうやってブログを読ませていただいてホント勉強になります。
アスコリの町の写真、凄いですねぇ。

また美術館に行ってゆっくり絵を鑑賞したいなぁ~と思いました。


ちなみに・・・今度日本に帰国するのは、
ただの一時帰国ですょ。

Miki Bartley さんのコメント...

まめ子ちゃん、おはようございます。
暇を見つけては美術館に行くのを楽しみにしていますが、宗教画って、ホントに日本人には人気がないですね。
ダビンチが描いた、とかだと別ですけど。
でも日本人はどちらかというと細かいことが好きな人が多いので、シンボルとかアレゴリーとか、楽しめる要素は断然印象派とかよりも多いと思うんですけど。

美術館の規模にも拠りますが、宗教画が苦手な人は初めはターゲットを絞るとわかりやすいと思います。
例えば聖母子だけに限って観る、とか受胎告知だけ、とかいう風に。
同じテーマの、年代や場所、画家の違う作品を比べることで、バックグラウンドが自然に見えてきます。
はじめは一つ一つ丁寧に観るよりも、数を見ると共通点や相違点がわかりやすいと思います。
数をこなすのは規模の大きな美術館でないと難しいと思います。
ヨーロッパにいる間に、是非あちこちお出かけください。

匿名 さんのコメント...

>「宗教画は教会の広告みたいなもの」だと思って差し支えありません。
だから現在の私たちがテレビのコマーシャルや街中のポスター、ショーウインドウや新聞広告を見ることと基本は同じなのです。

なるほどね、さすがマダムみき、プロのガイドですね。
とても興味深いです。そういう風には全然考えませんでした。

それから、私も以前のジェィミーの方が好き。
いつのまにあんなにオヤジになっちまったの?(涙)

Miki Bartley さんのコメント...

マダム、こんにちは。
私がガイドをするときは、なるべくいろんなことを身近に感じてもらえるようにご案内するようにしています。
私もそうだけど、自分に関係がないことって、誰でも興味が半減しますから。
ガイドしていて「あっ、そうか!」っていってもらえると幸せです。

ジェイミーやっぱりオヤジですよね。
若いときはかわいいと思ったことも、今はバカみたいって感じてしまいます。(ごめんね、ジェイミー)

匿名 さんのコメント...

私もはじめ宗教画ってあまり興味なかったんですよ。
「みんな同じようなものじゃないの。」って。
一度フィレンツェに旅行したときの現地ガイドさんがみきさんのように教会の絵を一つ一つ丁寧に聖書の話やそれが描かれた時代背景、絵画の歴史なんかも含めて詳しく解説してくれたんです。
それからはもう宗教画を見るのが断然楽しくなりましたね。
まさに「何事も先達はあらまほしきことなり」です。
みきさんにガイドしてもらう人ってラッキーですね。

Miki Bartley さんのコメント...

Pharyさん、こんばんは。
イタリアの中でもフィレンツェのガイドは質が高いと聞いたことがあります。
ボティチェリがたくさんあるのでうらやましいです。
きっと楽しまれたことでしょうね。
宗教画は幾つかのシンボルを覚えれば簡単に謎解きができるので、本当に日本人向きだと思います。
Pharyさんはイラストが上手なので、きっと絵はお好きなんだろうなーと思っていました。